どの家庭でも、1度や2度、いや、日々くり返されているだろう会話。それが………
何食べたい?
この「何食べたい?」には、とんでもない罠が潜んでいることを、お気付きだろうか。
何でもいいよはNG
こっちだって、なんでもいいよ。なんでもいいから聞いているのである。
日々、献立を考えることが、こんなに面倒だとは、結婚する前は、知らなかった…。
なんとな―く、あるもの、目に付いたものを食べていた、独身の頃が懐かしい。
何食べたい?何が正解?
「なんでもいいよ」が禁句だとして、では、なんと答えるのが正解なのだろうか。
かといって、「酢豚」とか「春巻」とか言われたら、いやいや、そんな工程の多いもの、簡単に言わないでよ?と、なってしまう。
焼きそば
ある友人の旦那様は、「何食べたい?」と聞くと、必ず「焼きそば」と答えるらしい…。
焼きそばだけでいいなら、それはそれで、楽ではあるが、毎回「焼きそば」と答えられたら、
え?本当に焼きそばが食べたいの?もしかして、気を遣っている?とまで、わたしだったら疑ってしまう。
そうなのだ。
わたしは、めんどくさいやつなのだ。
デパ地下の焼き鳥でいいよ
また別の友人が、旦那様に「何食べたい?」と送ったメールの返信が、コレ。
「デパ地下の焼き鳥“で”いいよ」“で”いいよって、なんなんだ。デパ地下の焼き鳥は、安くない…。
そして、焼き鳥だけ、というわけにもいかないだろうし、“で”いいよ、の域を超えている…。
鍋はどう?オレ野菜切るから…
妄想してみた…。
悪くない。
が、しかし!
わたしのようなめんどくさいやつは、オットが、野菜を切っている姿が、少しでも目に入ってしまったら、あ、その切り方じゃない…とか、ネギの根っこ、そんなに切っちゃう?とか、細かい部分が、気になってしまいそう。
あ―、めんどくさい。
しょうが焼き
妄想してみた…。
悪くない。
しょうが焼きは簡単だし。かと言って、これがベストなのだろうか?
今オナカが空いてないから
考えられない
我がオットの、歴代ワーストアンサーが、コレである。
こっちは、オナカが空いていようが、空いていまいが、常に、献立のことを考えている。
「今オナカが空いてないから考えられない」これ、1番言っちゃいけないや―つ。世の夫ども、肝に銘じていただきたい。
○○の好きでいいよ
好きでいいよって言われても、毎日毎日考えていたら、ネタは尽きる。
とか、好き勝手に書いているうちに、なんとなく答えが見えてきたような…。
考えているフリが重要!?
「何食べたい?」と聞く時、妻はたいてい、献立に困っている。
そこで、夫に求めているのは、明確な答えではなく、一緒に考えているよ、オレっち真剣だよ、という姿勢なのではなかろうか。
男性のほうだって、正直なんでもいいという時はあるだろう。女性のほうだって、正直なんでもいいという時はあるだろう。
なんでもいいけど、
鍋とかシチューとか、
あったかいものがいいかも…
妄想してみた…。
悪くない。
「なんとなく中華が食べたいんだけど、作るの大変だよね?スーパーで買う?」
「野菜と肉が食べたいんだけど、野菜と肉が入っていて簡単なやつ何かな?」
妄想してみた…。
悪くない。
正直なんでもいいと思っていても、真剣に考えてくれている感じがする。
妻が欲しいのは、それだ!それの気がする。
何食べたい?の答えに必要なのは、一緒に真剣に考えている感と、簡単なものでいいよ感、の気がする。
お蕎麦かパスタ、どっちがいい?
週末の昼ごはん、我がオットに、「お蕎麦かパスタ、どっちがいい?」と聞くと必ず「お蕎麦かパスタ」と答える。
我が子5歳に、「お蕎麦かパスタ、どっちがいい?」と聞くと必ず「うどん」と答える。
………慣れてきた。
慣れてくるもんだ。
週末の夜ごはんは朝のうちに…
オットや娘に、「何食べたい?」と聞いたところで、ろくな答えが返ってこないことは、わかっている。もう慣れっ子だ。
ただ週末、出かけて、帰ってきて、イチから夜ごはんを作るのは、体力的にも、気持ち的にも、めんどくさい。
週末出かける時は、朝のうちに、8割方、夜ごはんの準備をしておく。8割はムリだとしても、サラダと、お味噌汁だけでも作っておく。
残りは体力次第で!?
あとは、帰りの自分の、体力気力次第。
何か惣菜を買ってもよし。体力が余っていたら、肉なり魚なりで、1~2品作ればよし。
できるなら、お金をあまり使わずに、野菜もたっぷり、バランスよく食べたい。自分一人で、暮らしていた時には、考えもしなかったことを書いている。
慣れてくるもんだ。
なんでもいいよは食事に限らず…
「今度の休み、何をする?」
「子どもの習い事、何がいいかな?」
「この服とこの服、どっちがいいかな?」
「お義母さんへのプレゼント何がいい?」
世の夫どもよ、
「なんでもいいよ」「どっちでもいいよ」の罠は、あらゆる場面に潜んでいる…。
正直「なんでもいいよ」と思っていたとしても、どうにか隠して、一緒に考えている“フリ”を、してくれないだろうか。
それだけで、妻(嫁・母さん・女性全般)は、だいぶ満足する…。気がする。
わたしだけに限らず、女はめんどくさい。
そしてきっと、男もめんどくさい。