仕事の こと

【放送作家になるには】わたしが、放送作家になるまで…

幼稚園の頃は、
本屋さんになりたいと思っていました。
本がいくらでも読めると思ったからです。

小学生の頃は、
弁護士になりたいと思っていました。

祖母から、
「うちの家系には弁護士がいないから
弁護士になればいい」と言われたからです。

中学2年生の時に、Jリーグが開幕して、
スポーツ新聞の記者になりたい!と、
思うようになりました。

中学2年生の時に、大好きなバンドができて、
音楽雑誌のライターもいいかも!と、
思うようになりました。

放送作家になりたいと思い始めたのは、
中学3年生の時です。

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大好きなバンドのボーカルが
パーソナリティーのラジオを聞くために
夜更かしして、

田舎で、電波が悪かったので、
CDラジカセを窓際で、抱っこして、
アンテナを手で伸ばした状態だと、
よく聞こえるということを発見し、
2時間、腕がつりそうになりながら、
必死で、ラジオを聞いていました。

ハガキ職人の存在を知り、
ハガキを出すようになりました。

初めて読まれたハガキは…
「わたしは、トイレに入ると、
ロザンナという金髪女性のことを想像する」
という内容でした。

なんで、採用されたのでしょうか…。

メールではなく、ハガキです。
中学3年生の時のことでした。

この時のラジオネームは、たしか、
「ハムストラル3世」でした。

ためしに、
「ハムストラル3世」で検索してみました。

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毎週、腕がつりそうになりながら、
アンテナを手で伸ばして、
カセットテープに録音しながら、
ラジオを聞きました。

そして、ある日、実家に、
ラジオ局の方から電話がかかってきて、
しりとりのコーナーに、
電話で出演することになりました。

毎週決まったテーマに沿ったしりとりで、
リスナー同士が対決し、
3週だか5週だか勝ち抜くと、
チャンピオンになれます。

わたしは、しりとりで、勝ち抜いて、
初代チャンピオンになりました。

「男らしい」というテーマの時に、
「スキンヘッド」と言ったら、
パーソナリティーの方が、
うしゃしゃしゃと、笑ってくれました。

ちなみに、その時は、
「ハムストラル3世」ではなく、
「りん」という名前で出ていました。

本当によかったな、と、心から思います。

優勝した後は、
直接スタジオにも呼んでいただき、
ちょっとだけ、調子にのっていました。

いや、だいぶのっていたはずです。

わたしは、そのラジオを通じて、
放送作家という職業を知り、
放送作家になると決めました。

放送作家になる!と決めたわたしですが、
どうやったら、放送作家になれるのか、
わかりませんでした。

今のように、
ネット環境が整っているわけもなく。

ポケベルにメッセージを送るために、
休み時間は公衆電話に並ぶ、
高校時代を送っていました。

ちなみに、初めて持った電話(PHS)は、
ドラえホンでした。

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放送作家になるための学校に、
行ったわけでもなく、
特別な勉強をしたわけでもなく。

わたしが、
放送作家になるためにやったことは、
「放送作家になりたい」と、
口にし続けたことです。

「放送作家になりたい」と、
いろんな場所で、
いろんな人に、言い続けたら、

もしかしたら、その中に、
放送作家とつながる人がいて、
放送作家になるキッカケが、
つかめるかもしれないと思いました。

週末は、電車に2時間くらい乗って、
渋谷とか原宿とか、
ライブハウスとか、クラブに行きました。

会う人、会う人に、
「放送作家になりたい」と言いました。

今では信じられないくらい、
「根拠のない自信」がありました。

そしたら、本当に放送作家になれました。
高校を卒業して、1年目のことでした…。

文章を書くのは好きでした。

小学生の頃は、夏休み毎日、
本を一冊読んで、
毎日ひとつ、読書感想文を書きました。

高校生の時は、
神奈川や千葉に住む友達に手紙を書いて、
年間300通くらい、郵送で送っていました。

もちろん、放送作家として、
まともな生活ができるようになるまでには、
まぁ、いろいろありました。

わたしは、放送作家と
名乗っていいのだろうか?と考えたり…。

そして、今となっては、
いつまで放送作家と、
名乗っていられるんだろうか?と、
首の皮一枚の生活に、
ひやひやしたりもしていますが…。

放送作家として、仕事を始めて、
何年かたったとき、

わたしが放送作家になりたいと思う
きっかけを与えてくれた番組の
パーソナリティー、
大好きなバンドのボーカルと、
仕事をさせていただくことになりました。

わたしは、おそるおそるごあいさつしました。
「あの時、あの番組で、
しりとりのチャンピオンになった、りんです。
放送作家になりました!」と。

そのお方は、とても喜んでくださりました。

「あの時、ハガキ職人だったりんちゃんが、
いま放送作家として、立派に
仕事をしていることが本当にうれしい!」と、
なんと、オンエアで言ってくださりました。

わたしは、いまだ“立派な作家”にはほど遠い、
ピンキリでいったらキリの方の作家で、
これからも変わらず、
首の皮一枚作家だとは思いますが、

それでも、この日から、
「放送作家」と名乗っていい、
と思えるようになりました。

以上!
「わたしが、放送作家になるまで…」の話。

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